カムカムエヴリバディ(12/22)

安子はロバートに「あたりまえのくらしがしてぇ、それだけじゃったのに」と語りました。大好きな稔の忘れ形見であるるいに、自分の親がしてくれたみたいに、あたりまえの愛情を注いであげたかったと。そう言いながら安子の頭に浮かぶのは、亡くなった稔と家族3人で生活する光景です。

 

安子の思う「あたりまえのくらし」とは、たちばなの店でおはぎを作って売りながら家族で笑いながら生活することでした。雉真の家で女中に傅かれて家中を采配する大きな家の奥様の生活ではなかったのです。何故なら、安子は知らなかったのです。それぞれの家にある「あたりまえのくらし」はそれぞれ違うのだと。

物語の始め、安子は高等小学校を出て家事手伝いをする14歳の普通の少女でした。小せえ商店街での生活しか見たことがなく、それ以外の場所へ行ったこともなく、彼女の世界はとても狭い範囲の中にありました。稔に導かれて英語の学習をして遠い外国の暮らしを想像することはあっても、外国に行けるはずもなく。

 

雉真の家にいても、安子の心はたちばなでおはぎを作って売ることを夢見ていました。そのために資金をためて雉真を出ていくつもりでいました。幼なじみの勇に求婚されても、決してなびくことはありませんでした。雉真の家で奥様になることは安子の思う「あたりまえのくらし」ではなかったのです。

 

でも結局、その「あたりまえ」は叶わぬ夢のままでした。るいの額の傷は安子の稼ぎでは治してあげられず、雉真の財力に頼るしかないですし、安子の稼ぎの多くはたちばなの再建のための資金に変わり、それは算太が持ち逃げしてしまい、ついに行方は知れぬままになりました(るい編以降で明かされる謎の一つだと思います)。

 

そしてるいから見れば、安子は自分の入学式に帰ってくると言ったのに帰って来ず、米国人のロバートと大阪の家で抱き合っていた酷い母親です。あなたが一番大事と言いながらも、自分を雉真の家に置いて外で商売をしている人です。女中の雪衣に言われた「雉真にお返しするつもり」という言葉が、聡明なるいの頭の中で今までの出来事の理由として繋がってしまったのです。

 

稔の面差しに似たるいから発せられた「I hate you.」は、安子にとって致命傷となりました。

 

安子の物語はここで終わってしまいましたが、実は彼女はまだ26歳という若さで、おそらくはこれからの人生のほうが長いくらいだと思います。渡米するであろう彼女の人生が豊かなものでありますようにと願わずにいられません(これもまた、今後の物語の中で語られる謎の一つのような気がしています)。